ジャズ(Jazz)

目次

人種と音楽が混在するアメリカ南部で起きた奇跡 ジャズ

実はこの『ルーツ・ミュージック』というサイトにジャズを入れるか最初迷った。

なぜなら、ジャズというジャンルは大きすぎて、ジャズだけでもかなりのボリュームのあるサイトが作れてしまうからだ。

もちろん他のジャンル、とりわけブルースやカントリーだけでも相当なボリュームがあるのはそうなのだが、ジャズという音楽は基本的にクロスオーバーをしており、「自由」という名のもとに雑多な人種や音楽が掛合わさっているので、派生ジャンルやミュージシャンを含めるとあまりにも多いのである。

ただ、そうだからといって、ジャズが『ルーツ・ミュージック』であることには変わりないので外す理由もないよなあ・・・と自問自答する。

というわけで、このサイトではどんどんボリューミーになっていくことを覚悟の上で、ジャズを取り入れることにした。というより、そもそもルーツ・ミュージックでジャズを抜くことの方があり得ないので入れざるを得ないとも言えるのだが。

実際、ジャズは長い時間をかけて他の多くのジャンルとも影響し合いながら発展してきたし、いろんな変化や進化を繰り返し、今だにそれを続けている。

エンターテイメントの要素もあるので、その影響の範囲は広いし、本当に深い。サブ・ジャンルも多く、フリー・ジャズなんかになるとなかなか理解が難しいということも特徴と言える。

出典:Wikipediaより

ジャズとは?

”ジャズ”というジャンルにこだわりが強いのであればこんな質問も意味があるのかもしれないが、ルーツ・ミュージックという大きな括りでみると、あまり意味がないのかもしれない。だってルーツ・ミュージックそれ自体がいろんなクロスオーバーを繰り返してきたからだ。

とはいえ、ある程度の基準がないと節操が無いのも確かである。

よく言われるキーワードとしては”即興演奏”や”シンコペーション”、”スウィングリズム”、”コール&レスポンス”などがある音楽?だろうか。または「革新性」と「保守性」を伴った音楽であるとか・・・。

もっと違った見方をすると、”クラシック”と双璧をなすようなセレブな音楽と思っている人もいるだろう。敷居が高い音楽みたいな。

いや、元来奴隷として連れてこられたアフリカ人が、ニューオリンズでヨーロッパの白人の音楽に影響されて、日々の貧乏な生活の中で編み出していったハングリーな音楽という見方をする人もいるかもしれない。

つまりなかなかコレという答えがあってないようなもので、極端なことを言えば、”ジャズ”と言えばジャズだし、そうでないといえば別の”ポピュラー・ミュージック”とも言える。

ただこれだけは言えるのは、”ジャズとは元来もっと自由なものなのだ”ということである。

例えばあのマイルス・デイビスについて、僕たちは当然かのように”ジャズの代名詞”ぐらいに思っているけれども、実は当の本人は”ジャズ”に縛られたくなかったらしいという有名な話がある。
実際、特に後期はエレクトリックに走っているし、破壊と創造を繰り返してきたマイルスは”自分がやりたい音楽”をやっていただけで、周りが勝手に”ジャズ”というレッテルを貼っていただけなのかもしれない。

まあ、そのへんは研究家や専門家の方々でも意見が分かれるようなので、このサイトでは”ジャズ”というものについて、明確な答えは無いということにさせていただきたい。

とはいえここでは、他のルーツ・ミュージックと音楽的に区分けするという意味合いで、一般的にジャズと言われているものを挙げていきたいと思う。

 

 

ジャズの歴史と概略

先ほどから書いているように”ジャズ”をひと言で説明するのは難しく、とりあえずどういった特徴があるのか書いてみたいと思う。

奴隷制度とヨーロッパ人の入植

ルーツ・ミュージックを語る上で外せないアフリカ系アメリカ人とその功績については、ジャズにも当てはまる。

18世紀〜19世紀、ヨーロッパからのアメリカ大陸植民地時代を経て、カリブ海とミシシッピ川、綿花やタバコ、砂糖などの肥沃なプランテーション農場などが近い、ルイジアナ州ニューオリンズは大陸間の三角貿易にとって盛んな中心地で大きな港湾都市となっていた。

奴隷として売買されていたアフリカ系アメリカ人の移動も多く、ニューオリンズは入植者であるフランス人やスペイン人、イギリス人にアメリカ人や原住民、クレオールと呼ばれるフランス人と黒人の混血、そして奴隷として連れて来られた黒人やその子孫など、まさに「人種のるつぼ」と化していた。このごった煮感がまずは大前提としてある。

 

発祥はニューオリンズ・・・様々な音楽のクロスオーバー

それだけの人種や民族が集まり、交流があれば当然音楽においても互いにいろんな影響を及ぼし合うのは目に見えている。ラグタイム、ミンストレル・ショー、ブルース、スピリチュアル、マーチ、ダンスミュージック、クラシックなど当時のニューオリンズにはたくさんの音楽があった。

そんな環境もあって、ジャズの発祥はニューオリンズと言われている。また、ニューオリンズの黒人法は規制があまりなく、人種差別が緩やかだったことで自由で音楽的な交流も多かったようである。

元々はニューオリンズにある歓楽街〈ストーリー・ヴィル〉でジャスミンの香りから”ジャス(Jass)”と呼ばれていたらしい。また、”ジャズ(jazz)”という名称は1915年頃、シカゴで発生した。

ここでもう少しニューオリンズについて触れておきたい。


(ニューオリンズの主な場所)


・フレンチ・クォーター:ニューオリンズ中心部で今も音楽が盛んである。

・コンゴ・スクエア:(現ルイ・アームストロング公園)→ 
19世紀、黒人も自由に歌ったり太鼓を叩いたり、踊ったりできたのでたくさんの人が集まっていた。

・ストーリー・ヴィル:歓楽街 → ラグタイムがよく演奏されていた。

 

ジャズの音楽的な特徴

・「即興演奏」
・「スウィング(シャッフル)」
・「バックビート:4拍子の1拍目と3拍目を後ろへずらすリズム」
・「ブルーノート・スケール」
・「テーマ」
・「テンションコード」

ジャズの基本的な音楽の特徴を簡単に言うと、あるテーマに沿って主旋律のメロディを基にフレーズやリズムを即興で演奏する(フェイク)ということになる。

スイング・ジャズなどのアーリー・ジャズでは譜面に沿った忠実なメロディの再現を要求されることもあるので一概には言えないが、「即興演奏」を主体とする特にモダン・ジャズ以降では同じ曲でも毎回演奏内容が異なる。

テーマについては大きく”スタンダード”と”オリジナル”の2つに分かれる。ザックリだが、モダン・ジャズ以前はスタンダード、以降はオリジナルが主流だと言えるだろう。

 

歴史

(1890年〜1920年)
ニューヨークではティン・パン・アレーなどでスタンダード曲がたくさん作られた。

※ティン・パン・アレーとは?
→ レコーディング技術の無い当時は譜面印刷物を作って売っていた。写真はニューヨークにあったティン・パン・アレーで、たくさんの出版社がアパートなどに入っていた。

出典:Wikipediaより(ティン・パン・アレーの楽譜出版社)

 

この頃、アメリカ全体に『ラグタイム』が流行る。「スコット・ジョプリン」が有名なミュージシャンであった。ラグタイムは、アフリカ系アメリカ人の独特のリズムとヨーロッパから来た西洋楽器との融合で、クレオールたちを中心にその音楽が出来ていった。そしてそんなラグタイムこそがジャズの原型と言われている。

また、南北戦争で不要となった南軍の払い下げの安価な管楽器などが叩き売りされて、貧乏なアフリカ系アメリカ人たちも楽器を持てるようになり、マーチやミンストレル・ショーなどでも使われた。

1917年、オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド」がニューヨークで、ジャズとしての初めてのレコーディングを行う。

そしてこの頃ニュー・オリンズで「ルイ・アームストロング」が頭角を表し始める。

しかしその後、アメリカは連合国側として第一次世界大戦へ参戦することになり、ニューオリンズには海軍基地が置かれた。その影響でニューオリンズの歓楽街であったストーリー・ヴィルが閉鎖されたのである。

多くのミュージシャンたちはニューオリンズを離れるしかなくなり、コルネット奏者「キング・オリヴァー」を中心にミシシッピ川を上流して北部の大都市へ移動した。そして黒人たちはシカゴのサウスサイドへ集まった。 → シカゴジャズシーンの醸成

1918年11月、連合国は第一次世界大戦に勝利し、アメリカ合衆国は戦勝国の一つとしてその後大国への道を歩むことになる。

 

(1920年〜1929年)
いろんな歴史や政治、宗教的な絡みで悪名高き”禁酒法”が制定される。※(1920年〜1933年まで)

※禁酒法とは?

1920年から1933年までアメリカ合衆国憲法修正第18条下において施行され、消費のためのアルコールの製造、販売、輸送が全面的に禁止された法律である。

(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

簡単に言うと、酒の販売が禁止された法律である。そう、大問題である!

「何が?それがどうした?」と思われただろうか?

当時のアメリカは至るところで音楽を演奏して、大衆もそれに合わせて踊ったりしていた。酒を飲みながら・・・。

つまり、ジャズにおいてもミュージシャンたちはアルコールが付き物の店やホールなどで演奏していた。だから酒が無いような店だと客もやって来ないのだ。盛り上がらないからである。

そんな時に暗躍するのはやはりいつの時代も裏社会である。ギャングたちは密造酒を作って、大物政治家などとつながり、表面上は法を守りながら裏ではしっかりと”スピークイージー”と呼ばれる酒場でアルコールを提供していた。一部の都市ではそうして見て見ぬ振りをしてジャズに興じていた。

一方、そうは言ってもほとんどのホールではアルコール抜きで楽しむ必要があった。観客がせめて歌って踊りまくれるような、そんな音楽を必要としていた。

そう、酒もなく観客を沸かせるには大きな音が必要だった。→ 人数編成を増やしたビッグバンドの需要が一気に出てきたのもこの頃だ。

その後、シカゴ、カンザスシティ、ニューヨークの3大都市で禁酒法の網をくぐりながらジャズが流行りだしていた。

シカゴでは白人の「ビックス・バイダーベック」が、黒人の「ルイ・アームストロング」としのぎを削り、カンザス・シティでは「トム・ペンターガスト」という政治家のギャングが取り仕切って、ニューヨークではコットン・クラブで後の大物「デューク・エリントンがそれぞれ活躍していた。

アメリカのこの時代のことを”狂騒の20年代”=”ジャズ・エイジ”という呼び方をするが、それは戦後の景気上昇ともに大量消費時代を迎え、ジャズがレコードやラジオの普及でアメリカ中に広まったことの象徴であったからである。

1926年、ルイ・アームストロングが「Heebie Jeebies」でスキャット唱法を生み出した。

1927年、ビックス・バイダー・ベックが「Singin’ The Blues」を出し、多くのミュージシャンに”スイング感”の影響を与える

《この頃の主な使用楽器》
・コルネット
・トランペット
・クラリネット
・トロンボーン
・チューバ
・ベース
・バンジョー
・ピアノ
・ドラム※南北戦争で白人が使用していた、特に管楽器が質屋で売られたり、捨てられていたのを貧乏であった黒人が安く買ったり拾って使うようになる。19世紀後半頃に流行っていたラグタイム、ブラスバンドやマーチング、ダンス・ミュージックなどで管楽器やドラムが使われており、そこからジャズへの流れとなる。

※さらに、黒人たちは楽器をより動物的に、肉声に近い表現をするべく楽器での表現力を高めていった。

(1929年)世界大恐慌が起きて、ジャズやミュージシャンも苦境に追い込まれる。

 

(1930年〜1938年)
ルーズベルト大統領によるニューディール政策がとられ、公共事業などを増やし景気回復を目指すが、そのことが後に軍需産業などを産み出し、第二次世界大戦の引き金となる。

1933年、禁酒法が撤廃される。

ベニー・グッドマンのバンドをきっかけに、白人リーダーの『スウィングジャズ』が大衆に一大センセーションを巻き起こす。→ ジャズは国民的音楽となり、レコード収益の7割を占めるようになる。この頃がアメリカのポップミュージックにおいて”最も良き時代”と言われていた。

1936年にはカンザス・シティで「カウント・ベイシー」のオーケストラが始動。

1938年、ベニー・グッドマンがカーネギー・ホールでコンサートを開く

 

(1939年)
・第二次世界大戦勃発
チャーリー・パーカー」がカンザスシティからハーレムにやってきた。

〈ミントンズ・プレイハウス〉で夜な夜なジャム・セッションが始まり、腕自慢のミュージシャンたちが集まり、アドリブを競い合った。凄いのは、このときのセッションに集まっていたメンツだ。
ケニー・クラークセロニアス・モンクコールマン・ホーキンスチャーリー・クリスチャンディジー・ガレスピー」などその後のジャズ界に影響を及ぼす錚々たる面々である。

→ 彼らの即興演奏から繰り出されるジャズのスタイルは、その後の『モダン・ジャズ』の始まりとなった。


・スウィング・ジャズの衰退

そしてモダン・ジャズの登場によって、ジャズは踊る音楽から鑑賞する音楽へと変わり始める。また、エレクトリック楽器に進化していったため、より少ない人数でも大きな音を出せるようになり、ビッグバンドの必要性が薄れていくようになった。

・この頃、ジャズ専門レーベルの「ブルー・ノート」が設立された。

 

(1940年〜)
しかし時は第二次世界大戦中。
日本の真珠湾攻撃により、アメリカは本格的に戦争国となった。
優れた若手ミュージシャンたちも徴兵され、軍需産業が最優先となって、音楽演奏や楽器製造などは全て後回しとなった。

1942年、レコードによるラジオ放送をするという状況になり、ミュージシャン側による”レコーディング・ストライキ”に突入。ここから約2年半ほどジャズの音源が記録されないといった事件になる。

1944年、Jazz at the Philharmonic(JATP)・・・ノーマン・グランツによるプロデュース
→ ジャズ界での人種差別を撤廃することが大きな目的

 

1945年、戦争が終わりニューヨークのマンハッタン52丁目に次々とジャズクラブがオープンする。

そこはチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーなどを中心に即興のジャムセッション色を取り入れた演奏に人気が出始め、”ビ・バップ”と呼ばれた。

また、LPレコードの出現で、ジャズは演奏と一緒に踊るものから自宅でも鑑賞できる聴く音楽へと変わっていった。ジャズはホットな音楽からクールな音楽へと姿を変えていったのである。

(1949年)
しかし、個人のソロイストたちの主張が強くなったビ・バップにも一辺倒だと感じる連中もいた。その一人が「マイルス・デイビス」である。マイルスは、この年リーダーとしての初めてのアルバム〈クールの誕生〉を出し、より抑制の効いたジャズを打ち出した。クール・ジャズの始まりである。

 

(1950年〜)
同じ頃、西海岸のロサンゼルス近辺では白人のジャズマンを中心としたクールなジャズが流行りだしていた。それがウエスト・コーストジャズである。彼らはハリウッド映画の仕事もやっていたため、ロサンゼルスに集まるのは自然な流れだった。音的にはビ・バップをよりポップにしたようなわかりやすいジャズである。

一方、東海岸ではビ・バップからの脱却を黒人たちが模索していたが、より黒人的なブルース・フィーリングを加えて洗練されたハード・バップが芽生える。こちらはビ・バップをよりホットでエモーショナルにした感じであるが、音楽としてはメロディアスな部分も多くわかりやすいと言われる。一般的にジャズと言えばこのハード・バップを指すことが多い。

写真はハード・バップの名コンビであるクリフォード・ブラウンとマックス・ローチ。

(出典:International Center of Photography

 

1954年、ニューポート・ジャズ・フェスティバル開始・・・ジョージ・ウェインによるプロデュース
「真夏の夜のジャズ」:1958年の第五回目を収録

また同年、公民権運動が始まる。

1955年、アラバマ州のモンゴメリーでバス・ボイコット事件勃発。

これらのアフリカ系アメリカ人による反人種差別運動がハード・バップを一種の彼らのアイデンティティへと導いた。

 

1950年代後半、ジャズは黄金時代を迎え、世界的に人気が高まっていった。特にフランスではたくさんの映画音楽にジャズが使われた。有名なのはマイルス・デイビスが担当した「死刑台のエレベーター」。

1959年、マイルス・デイビスがモード・ジャズの代表作であり、ジャズ史上の名盤としても取り上げられるアルバム「カインド・オブ・ブルー」をリリース。このレコーディングには「ジョン・コルトレーン」が参加。
モード・ジャズは今までのバップ系にあった目まぐるしいコード進行をやめて、シンプルなコードに縛られない自由な即興演奏への幅を拡げた。

 

(1960年〜)
オーネット・コールマン」がアルバム「フリー・ジャズ」をリリースした。その後60年代後半までジャズシーンはフリージャズが流行る。

1964年、ワシントン大行進が行われ、公民権運動による反人種差別への運動がピークを迎える。

また、この頃アメリカではブリティッシュ・インヴェイジョンの登場もあって、ロックがムーブメントとなり、ジャズ・ミュージシャンたちは仕事が激減していった。彼らの中には新たな市場を求めてヨーロッパへ渡る者も多かった。

1965年、アメリカは本格的にベトナム戦争へ参戦。 

1969年、マイルス・デイビスがエレクトロ楽器を使い始める。アルバム「ビッチェズ・ブリュー」をリリースし、その後フュージョンの先駆けと言われる。

1975年、ジャズのレコード産業での売上げが全体の3%ほどに落ち込む。
マイルスは言った・・・「ジャズは死んだ」と。

 

 

ジャズのサブ・ジャンルとその成り立ち

初期のジャズからスウィングまで

【ラグタイム】 (1890年〜)

ラグタイムは西洋音楽が下地にあるため、メイン楽器はピアノで、多くのピアニストが作曲した。大手の楽譜出版社はスターク出版社。

⭕ラグタイム三大巨頭は、スコット・ジョプリン、ジェームズ・スコット、ジョセフ・ラムと言われている。

ラグタイムにはタイプがあって、オーソドックスな「クラシック・ラグ」や複雑で奇抜な「ノベルティ・ラグ」などがある。

また、ラグタイム〜ジャズという流れに通じる共通点としてはシンコペーションがある。そこへ即興演奏的なジャズっぽい感覚を取り入れたものを「ストライド・ピアノ」といって、20世紀の初め頃流行りだした。

他にも、もっとブルースの影響を受けたラグタイムがあり、代表的なのはジェリー・ロール・モートンである。彼は、その後のニューオリンズサウンドの先駆けとも言われている。

しかしスコット・ジョプリンが1917年に亡くなってからラグ・タイムも勢いを失っていく。→ その後はジャズが台頭するようになる。

★ラグタイム最重要曲はスコット・ジョプリン作の「Maple Leaf Rag」と言われている。

 

【ティン・パン・アレーと作曲家】(1890年代後半から)

1890年代後半から主に移民系のユダヤ人が、ニューヨークのマンハッタン28丁目のブロードウェイと6番街に挟まれた一角に、多くの音楽出版社を集めて楽譜を販売していたが、この一帯は「ティン・パン・アレー」と呼ばれるようになった。

クラシックの流れを汲んでいる曲も多いが、ラグタイムや、後のジャズにおけるスタンダード曲など有名な曲がたくさん作られ、アメリカの大衆音楽に果たした功績は非常に大きい。

主な作曲家に、ジェローム・カーン、ジョージ・ガーシュイン、アーヴィング・バーリン、コール・ポーターなどがいる。

 

【ニューオリンズ・ジャズ】(1910年〜)

初期は「バディ・ボールデン(コルネット奏者)」が、 ”ジャズ王=キング・ボールデン”と呼ばれた。
録音されたものは残されていないが、アドリブをやっていたという諸説もある。バディはラグタイムを自由に変えていった。それは、ラグタイムにブルースやゴスペルをかけ合わせたようなもので、ピアノに管楽器を合わせた。

当時、他の人には出せないような大きく力強い音を出し、アイデアも豊富だったようだ。つまり、ジャンルや楽器のごった煮の中からジャズの原型を作っていった最初の人と言われている。

しかし晩年はアルコールによる精神病となり、楽器を演奏することができなくなった。

有名曲としては「ファンキー・バット(Funky Butt)」というのがあり、これはまたファンクの源流曲とも言われている。

〈バディ・ボールデンの影響を受けて、発展させたニュー・オリンズのミュージシャンたち〉
・(コルネット)「キング・オリヴァー、フレディ・ケパード」
・(トランペット)「バンク・ジョンソン、ルイ・アームストロング」
・(ピアノ)「ジェリー・ロール・モートン」
・(トロンボーン)「ウィリー・コーニッシュ:バンドメンバー」
・(クラリネット)「ジョージ・バケー、アルフォンス・ピクー」
・(ベース)「ボブ・ライアンズ」

ジャズの初期はコルネットまたはトランペットが主役だった。

★サッチモ=ルイ・アームストロング・・・「Chimes Blues」で衝撃的な録音をする。
→ 1924年に ニューヨークへ行き、フレッチャー・ヘンダーソンと会う。フレッチャーの楽団に入り、この時に”スウィング”というものができる。

 

【ディキシーランド・ジャズ】(1916年〜)

〈ディキシー(ランド)〉とは?=アメリカ南部・・・メイソン・ディクソンライン以南の諸州のこと

白人バンドである「オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド」が圧倒的に有名
→ ニューヨークにてジャズ界で初の録音、商業用レコードをリリース
『Livery Stable Blues』(1917年)

 

【スウィング・ジャズ】(1930年〜)

初期のアーリージャズで最もメジャーになったのがこのスウィング・ジャズだろう。

〈スウィング・ジャズの特徴〉
⭕ダンスミュージックとしてのジャズである。
⭕セクショナル・ハーモニーを使う。
⭕ビッグバンド・スタイル。

→ ラジオなどのインフラも整ってきて、アメリカの大衆音楽となっていった。

ビッグバンドという形態を取るスウィング・ジャズ初期の重要な二人の人物
・「ポール・ホワイトマン」・・・メディアから”キング・オブ・ジャズ” と呼ばれた。
シンフォニック・ジャズ(上品なジャズ)という、クラシックとジャズの融合を行った。
・「フレッチャー・ヘンダーソン」・・・ビッグバンド・ジャズの開祖とも言われ、ルイ・アームストロングやコールマン・ホーキンスを世に送り出し、ベニー・グッドマン楽団の編曲をした。


★4大リーダーの存在

・「デューク・エリントン」・・・ニューヨークのコットン・クラブで活躍

・「ベニー・グッドマン(キング・オブ・スイング)」
1935年、ロサンゼルスでスイングジャズを演奏して人気に火がつく → ダンスが盛り上がる → アメリカ中にダンスブームが広まる。
1938年 カーネギーホールでのコンサートにより、”大衆音楽の象徴”となった。

・「カウント・ベイシー」・・・カンザスシティ・ジャズの中心人物:トム・ペンダーガストの支配下にいた。譜面がなく、ブルースを基盤に楽しんでジャズをセッション風にした。

 ・「グレン・ミラー」・・・大衆を老若男女に関わらず取り込むことに成功。

 ※また、スウィング・ジャズの中には、【スタンダード・ジャズ(ジャズ・ヴォーカル)】の多くや【ジプシー・スウィング】なども含まれる。

 

モダン・ジャズの台頭

【ビ・バップ】(1940年代後半〜)

〈ビ・バップの特徴〉
⭕即興演奏の応酬 ← 閉店後のセッションで(ハーレム:「ミントンズ・ハウス」)
⭕娯楽、ダンスのためのジャズから演者のための音楽へ・・・芸術的志向、鑑賞音楽

ビリー・エクスタインは自らのビッグバンドへ若くて才能のあるミュージシャンを呼び込み、たくさんのセッションやアドリブを練習させた。そのことが結果的にビ・バップを生み出すようになった。そしてここからジャズの全盛期が始まったと言われている。

またビ・バップは、黒人のためのジャズと言われており、実際初期の頃のビバップにはほぼ黒人しかいなかった。

1949年、ブロードウェイに歴史的ジャズクラブ「バードランド」がオープン。

※しかし、スピード感のある即興演奏であるビ・バップはソロイストたちをプレッシャーという形で精神的に追い込んでいき、それに応えようとするミュージシャンたちをドラッグの世界へと巻き込んでいった。ヘヴィな常習者であったチャーリー・パーカー(バード)の影響も少なからずあるようだ。

 

【クール・ジャズ】(1949年〜)

ビバップの反動で控えめなリラックスした音 → あまりヴィブラートをかけない抑制の効いた吹き方が特徴。
白人向けのジャズだが、創始者はマイルス・デイビスと言われている。

 

【ウエスト・コーストジャズ】(1950年〜)

クール・ジャズとほとんど同じタイミングで出てきた白人色の強いジャズ → クール・ジャズとの違いはカリフォルニアの土地柄が影響しているのかポップでわかりやすいイメージである。
ハリウッド映画音楽への進出のきっかけとなった。

 

【ハード・バップ】(1950年代半ば以降〜)

一般的にジャズと問われると、このハードバップになるであろう。
黒人色をさらに強く打ち出したと言われているハードバップは、ビ・バップをさらに進化させ、芸術性だけでなく大衆性も取り込んで、一大ムーブメントとなった。

公民権運動などによる人権運動が後押し → 黒人ジャズのアイデンティティとなる。

「ブルー・ノート」レーベルから名盤のリリースが多く、ジャズの黄金期を支えた。

 

【モード・ジャズ】(1950年代後半〜)

それまでのバップでは曲中のコード進行が目まぐるしく変わるため、即興演奏で使える音にも比較的縛りがあり、スケールに限界があったが、『モード=旋律』を用いることでより自由にアドリブが可能になった。
※英語ではモーダルと言う

1959年にリリースされたマイルス・デイビスの「カインド・オブ・ブルー」がその完成形と言われ、モダンジャズにおいても最重要アルバムとの声が名高い。

モード・ジャズ自体はその後1960年代も続き、ジョン・コルトレーンが追究し続けた。

 

【ラテン・ジャズ】(1940年代〜)

ラテン・ジャズは、古くは1940年代から主に中米のキューバ音楽などを取り入れた、8分や16分のリズムを使ったアフロ・キューバンジャズを皮切りに、1960年代のサンバやボサノヴァと融合したブラジリアン・ジャズなども含む。

特にブラジリアン・ジャズの方は世界的にもブレイクして、ボサノヴァが世界的に知名度を得るきっかけとなった。

 

【フリー・ジャズ】(1960年〜)

ビバップからモードへと続く西洋音楽的様式に反旗を翻したのがこのフリー・ジャズで、前衛的(アヴァンギャルド)でアフリカのルーツに近づいたジャズと言われ、コードや形式などを取っ払って自由度を極めた。

オーネット・コールマンが代表的なミュージシャンで、革新的ではあったがジャズ界では賛否両論がある。
しかしジャンルを飛び越えて果たしたその影響力は見過ごすわけにはいかない。

 

【エレクトリック・ジャズ/フュージョン】(1960年代後期〜)

1960年代後半からジャズ界では電子楽器を取り入れることが試みられた。そんな中、マイルス・デイビスも例外ではなくエレクトリックなアルバムをリリースし、1969年の「ビッチェズ・ブリュー」でたちまち世界を驚かせた。

さらに1970年代に入ると、ソウルやラテン・ミュージック、クラシックなどの要素が入り乱れて、『クロスオーバー』という時代を迎える。

その後、より商業主義的な融合が行われ、フュージョンと呼ばれるようになり、日本でもたくさんのミュージシャンがフュージョンに走った。

 

 

 

主なミュージシャン

それではここからは長いジャズの歴史において活躍した、たくさんのミュージシャンたちを紹介したい。

ジャズではサブジャンルが多く、たくさんまたがって活躍した人もいる(マイルス・デイビスなど)ので、ここでは基本的にサブジャンルごとではなく、生年月日を基準に古い順に紹介していきたいと思う。

また、個人的に重要であったり、好きだと思うミュージシャンについては別途個別ページを作成するようにしている。

しかし冒頭にも書いたがジャズは他のジャンルに飛び抜けて、サブジャンルや関連人物、重要人物が多くて、その歴史の変遷も複雑で内容が濃い。。。ボリュームが多いのは覚悟していたが、予想以上に曲数もメチャクチャ多くて、聴き込む時間も全然足りていないというのが正直なところではある。

まあ、そこはいろんな評論家やコラムニストさん、ミュージシャンたちの意見なども参考にさせて頂き、なんとか独断と偏見はあるが、自分なりにまとめてみたい。

 

※以下《ミュージシャン名》はクリックすると個別ページあります。

1860年〜1899年生まれ

・【Scott Joplin(スコット・ジョプリン)ラグタイム
・【Buddy Bolden(バディ・ボールデン)ラグタイム、ニューオリンズ
・【King Oliver(キング・オリヴァー)ニューオリンズ、ディキシーランド
・【 “Kid” Ory(キッド・オリー)ニューオリンズ、ディキシーランド
・【Original Dixieland Jazz Band(オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド)ディキシーランド
・【Jelly Roll Morton(ジェリー・ロール・モートン)ニューオリンズ
・【Sidney Bechet(シドニー・ベシェ)】ニューオリンズ
・【Fletcher Henderson(フレッチャー・ヘンダーソン)】スウィング
・【Duke Ellington(デューク・エリントン)】スウィング

 

※ティン・パン・アレーと作曲家は入れていない。

 

その他のミュージシャン

・【Willie Cornish (ウィリー・コーニッシュ)】
※情報が無さすぎるため個別ページは無し


(出典:New Orleans Jazz Museumより)

◯最初期のジャズ・ミュージシャンで、バディ・ボールデンなどと一緒にニューオリンズで活動。
◯バルブ・トロンボーン奏者
※活動時期が古いため、音源等は無し

 


・【Bunk Johnson(バンク・ジョンソン)
・【George Baquet(ジョージ・バケー)
・【Freddie Keppard(フレディ・ケパード)
・【Johnny Dodds(ジョニー・ドッズ)

 

・【Jimmie Noone(ジミー・ヌーン)】
・【Clarence Williams (クラレンス・ウィリアムズ)】

 

 

1900年〜1909年生まれ

・【George Lewis(ジョージ・ルイス)】
・【Louis Armstrong(ルイ・アームストロング)】
・【Bix Beiderbecke(ビックス・バイダーベック)】
・【Earl Hines(アール・ハインズ)】
・【Jimmy Lunceford(ジミー・ランスフォード)】
・【Pete Johnson(ピート・ジョンソン)】
・【Glenn Miller(グレン・ミラー)】
・【Fats Waller(ファッツ・ウォーラー)】
・【Count Basie(カウント・ベイシー)】
・【Coleman Hawkins(コールマン・ホーキンス)】

・【Tommy Dorsey(トミー・ドーシー)】
・【 Chick Webb(チック・ウェッブ)】
・【Benny Goodman(ベニー・グッドマン)】
・【Lester Young(レスター・ヤング)】
・【Louis Jordan(ルイ・ジョーダン)】

 

1910年〜1919年生まれ

・【Django Reinhardt(ジャンゴ・ラインハルト)】
・【Buck Clayton(バック・クレイトン)】
・【Stan Kenton(スタン・ケントン)】
・【Woody Herman(ウディ・ハーマン)】
・【Billy Eckstine(ビリー・エクスタイン)】
・【Kenny Clarke(ケニー・クラーク)】
・【Billie Holiday(ビリー・ホリデイ)】
・【Billy Strayhorn(ビリー・ストレイホーン)】
・【Charlie Christian(チャーリー・クリスチャン)】
・【Ella Fitzgerald(エラ・フィッツジェラルド)】
・【Dizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)】
・【Thelonious Monk(セロニアス・モンク)】
・【Nat King Cole(ナット・キング・コール)】
・【Lennie Tristano(レニー・トリスターノ)】
・【Art Blakey(アート・ブレイキー)】
・【Anita O’Day(アニタ・オデイ)】

 

 

1920年〜1929年生まれ

・【Charlie Parker (チャーリー・パーカー)】
・【Dave Brubeck(デイブ・ブルーベック)】
・【Charles Mingus(チャールズ・ミンガス)】
・【Wes Montgomery(ウェス・モンゴメリー)】
・【Modern Jazz Quartet(モダン・ジャズ・カルテット)】※ミルト・ジャクソン
・【Philly Joe Jones(フィリー・ジョー・ジョーンズ)】
・【Dexter Gordon(デクスター・ゴードン)】
・【Max Roach(マックス・ローチ)】
・【Sarah Vaughan(サラ・ヴォーン)】
・【J.J.Johnson(J.J.ジョンソン)】
・【Dinah Washington(ダイナ・ワシントン)】
・【Bud Powell(バド・パウエル)】
・【Paul Desmond(ポール・デスモンド)】
・【Oscar Peterson(オスカー・ピーターソン)】
・【Art Pepper(アート・ペッパー)】
・【Miles Davis(マイルス・デイビス)】
・【John Coltrane(ジョン・コルトレーン)】
・【Chris Connor(クリス・コナー)】
・【Stan Getz(スタン・ゲッツ)】
・【Gerry Mulligan(ジェリー・マリガン)】
・【Cannonball Adderley(キャノンボール・アダレイ)】
・【Eric Dolphy(エリック・ドルフィー)】
・【Horace Silver(ホレス・シルバー)】
・【Helen Merrill(ヘレン・メリル)】
・【Bill Evans(ビル・エヴァンス)】
・【Betty Carter(ベティ・カーター)】
・【Chet Baker(チェット・ベイカー)】

 

1930年〜生まれ

・【Clifford Brown(クリフォード・ブラウン)】
・【Sonny Rollins(ソニー・ロリンズ)】
・【Ornette Coleman(オーネット・コールマン)】
・【Hank Mobley(ハンク・モブレー)】
・【Jackie McLean(ジャッキー・マクリーン)】
・【Sonny Clark(ソニー・クラーク)】
・【Nina Simone(ニーナ・シモン)】
・【Wayne Shorter(ウェイン・ショーター)】
・【Curtis Fuller(カーティス・フラー)】
・【Paul  Chambers(ポール・チェンバース)】
・【Ron Carter(ロン・カーター)】
・【 Lee Morgan(リー・モーガン)】
・【Herbie Hancock(ハービー・ハンコック)】

 

 

 

 

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