Kid Ory(キッド・オリー)

”テールゲート・トロンボーンの創始者” キッド・オリー

※(アイキャッチ画像:出典=jazziz

20世紀始めのニューオリンズでそのキャリアを始め、ロサンゼルス(L.A.)へ移り、その後シカゴで大活躍。さらに一時引退したものの、リヴァイヴァルで復活、晩年までジャズとトロンボーンを全うしたキッド・オリー。特に一般的に有名というわけではないが、ジャズ界におけるその影響と貢献は決して無視することはできない。

偉大なクレオール人リーダー

キッド・オリーは他のジャズ・ジャイアンツたちに比べると少々地味ではあるが、しかし歴史的にもその功績は大きい。

ニューオリンズから少し離れたラプレイスという街でクレオール人として生まれたキッド・オリーは幼い頃からバンジョーを弾いていたが、10代でトロンボーンに楽器を持ち換えた。この頃からバンドのリーダーもやっていたそう。

21歳でニューオリンズへ出て、自分のバンドを組んでメキメキとその名を上げていったが、そんな活躍がバディ・ボールデンの目に止まり、ヴァルブ式からスライド式のトロンボーンに変えたのである。

そして、後に有名になるキング・オリバーやジョニー・ドッズ、シドニー・ベシェ、ジミー・ヌーン、まだ若い頃のルイ・アームストロングなどとも一緒に演奏した。

1919年、33歳の時にL.A.に移り、自らをリーダーとした『クレオール・ジャズ・バンド』を結成。このバンドが人気が出て、その後1922年にはアフリカ系アメリカ人のジャズバンドとして初レコーディングを果たすという歴史的な偉業を達成している。

1925年にはシカゴへ移って、早くから活躍していたキング・オリバーのバンドへ入った。その後も貴重なセッション・トロンボニストとして、ルイ・アームストロングの『Hot Five』や、ジェリー・ロール・モートンの『Red Hot Peppers』にも参加した。

この頃のキッド・オリーは超多忙で、あっちこっちに顔を出してはその名を売っていった。そして多くのジャズ・ミュージシャンたちに影響を与えるほどに調子良くいっていたようだ。

しかし、そんな順風満帆なキッド・オリーも世界恐慌の波には勝てなかった。1931年には音楽活動を引退し、L.A.へ戻り、郵便物の仕分けと養鶏の仕事に就いた・・・。

・・・それから約10年が経ち1942年、今度はニューオリンズ・ジャズのリヴァイバル・ブームが起きて、キッド・オリーは音楽の世界に見事復帰を果たすのである。1944年にはラジオへも出演し、レコーディングをして、さらに映画2本にまで出るような見事なカムバックをしてみせた。


(出典:Wikipedia)※1944年のラジオ番組「The Orson WellesAlmanac」でのプロモーションカット

また、2本の映画とは「ニューオリンズ」と「ベニー・グッドマン物語」で、今もその姿を見ることができる。

そして1966年に、今度は本当の引退をするようになる。引退後はハワイで過ごした。

テールゲート奏法

キッド・オリーのトロンボーンというと、ジャズマンの間で有名なのはこの”テールゲート奏法”である。特にニューオリンズスタイルにおいてなのだが、20世紀の初め頃、パレードなどで馬車に乗って演奏することがあったが、スライド型でグリッサンドするトロンボーンを吹く時にスペースが必要だったために、馬車の最後尾に座っていたことから名が付いた。

まあ、実際はキッド・オリーが発明者ということはないようなのだが、初期のニューオリンズ・ジャズのトロンボーンの代名詞的な奏法なので、最も代表的なキッド・オリーがその創始者のように語られているのである。

 

代表曲

初期のニューオリンズ・ジャズからカムバックした後まで含めると、言うまでもなくキッド・オリーが演奏してきた場数は相当なもので、当然その持ち曲もかなり多い。ただし、レコーディングして音源として出ている数においては圧倒的に復活後の方が多いため、1940年代以降のものに偏ってしまうのはご理解願いたい。

ということでここの代表的な曲の選曲は結構大変であった。とりあえず、押さえるべき有名どころの曲を中心にご紹介してみたいと思う。

Ory’s Creole Trombone(1922年)

キッド・オリーが1922年、最初に録音した曲で、アフリカ系アメリカ人が最初にレコーディングした大変重要な曲。
このときのバンドは一般には『Creole Jazz Band』と言われているが、クレジット上は『Spike’s Seven Pods of Pepper Orchesta』となっている。
少しラグタイムっぽい曲ではあるが、歴史的なこの曲はその後何度も演奏され、1940年代の復活後もメインのレパートリーとなっている。ただ、個人的にはあんまり好きな曲ではない。

重要度 4.5
知名度 4.5
ルーツ度 4.0
好み 2.0
総合 4.0

 

 

Muskrat Ramble(1926年)

これはジャズ・スタンダードにもなっている有名な曲。動画の音源は1926年にキッド・オリーがシカゴで参加していた『LOUIS ARMSTRONG AND HIS HOT FIVE』バージョン。キッド・オリーが作曲したとなっているが、ずっと著作権で揉めている曲でもある。

構成はキレイな曲で、ピアノとバンジョーの伴奏の上に、コルネット、トロンボーン、クラリネットが対位法でのアンサンブルとソロのパートを分けていてわかりやすい。バンジョーの音がディキシーランド・ジャズっぽい曲にしているのも良い。

重要度 4.0
知名度 4.0
ルーツ度 4.0
好み 3.5
総合 4.0

 

 

「Creole Song(1944年)」

ここから一気に1944年まで飛ぶ。この曲はフランス語の歌かと思いきやクレオール語らしい。『クレオール・ジャズ・バンド』バージョンである。ニューオリンズっぽい陽気な曲調だが内容は女性のゴシップネタのようだ。

重要度 3.0
知名度 3.0
ルーツ度 3.5
好み 2.5
総合 3.0

 

 

Careless Love(1945年)

言わずと知れたブルースとジャズのスタンダード曲。これも『クレオール・ジャズ・バンド』である。まとまったニューオリンズ・ジャズっぽい感じでその安定感はさすがである。

重要度 3.0
知名度 4.0
ルーツ度 3.0
好み 3.5
総合 3.5

 

 

Savoy Blues(1949年)

この「Savoy Blues」は1949年と1954年の2バージョンあるが、ここでは前者を取り上げた。個人的に音は1954年の方が好きだが、この少し古くて粗めの音質も捨てがたい。キッド・オリーのトロンボーンも結構前に出てきている。

重要度 3.0
知名度 3.0
ルーツ度 3.0
好み 2.5
総合 3.0

 

 

Creole Love Call(1953年)

デューク・エリントン作曲のジャズ・スタンダード。スローでロマンティックなブルースだ。2:00ぐらいにキッド・オリーのトロンボーンソロが入っているが音がとてもブ厚いのが印象に残るいい曲。

重要度 3.0
知名度 3.0
ルーツ度 2.5
好み 3.5
総合 3.0

 

 

Just a Closer Walk with Thee(1954年)

これも有名な黒人霊歌で、あまりにもたくさんのミュージシャンがやっているが、このキッド・オリーとクレオール・ジャズバンドのバージョンも素晴らしい。冒頭から続くアルヴィン・アルコーンのミュート・トランペットのソロがいい雰囲気で進んでいって、途中から急にディキシーランド・ジャズみたいに明るくなる。なかなかこういうパターンは無いので面白い。

重要度 3.0
知名度 4.0
ルーツ度 3.5
好み 4.0
総合 3.5

 

 

Bill Bailey(1954年)

こちらは貴重なサンフランシスコでのライブ音源。音質が結構よくて、臨場感もとても伝わってくる。クラリネット、トランペット、ピアノとソロを回していくのだが、曲の後半に向けて段々と盛り上がっていくのが最高だ。ニューオリンズ・ジャズの特徴はドラムとベースが基本的にはリズムをキープして、その上を他のホーンセクションが縦横無尽に吹きまくるというところがあるのだが、この曲はそうやって全員でテンションが上がり、盛り上がっていく。

重要度 3.5
知名度 2.5
ルーツ度 3.5
好み 4.0
総合 3.5

 

 

Royal Garden Blues(1954年)

クラレンス・ウィリアムズとスペンサー・ウィリアムズの共作で、元はブルースがジャズ・スタンダードになった。4ビートで結構ノリが良く好きなタイプの曲だが、それにしてもこのアルバムの音は本当に良くて聴いていて気持ちがいい。

重要度 3.0
知名度 3.0
ルーツ度 3.0
好み 3.5
総合 3.0

 

 

Christopher Columbus(1959年)

テナーサックス奏者のチュー・ベリーが作った曲でスタンダードになった。めちゃくちゃたくさんのミュージシャンがカヴァーしている。これはトランペッターのヘンリー”レッド”アレンと共演しているバージョン。キッド・オリーと息の合ったコンビネーションが素晴らしい。

重要度 2.5
知名度 3.5
ルーツ度 3.0
好み 3.0
総合 3.0

 

 

Basin Street Blues(1959年)

この動画はパリでのライブ映像で、この時のトランペッターはヘンリー”レッド”アレンだ。ベイズン・ストリートとはニューオリンズのストーリー・ヴィルにあった通りで、この曲はディキシーランド・ジャズバンドがよくカヴァーしている。後半にアップテンポになるところがカッコいい。また、キッド・オリーのステージが丸々見れる貴重な映像だ。

重要度 2.5
知名度 3.0
ルーツ度 3.0
好み 3.5
総合 3.0

 

 

ザーッと急ぎ足で紹介してきたが、キッド・オリーはいろんなバンドを渡り歩いたこともあって、スタンダード曲などのカヴァーが多い。初期のニューオリンズ・ジャズメンたちは、それをいかに料理するかが彼らの腕にもかかっているし、センスの見せ所なのだろうが、キッド・オリーのアレンジも素晴らしいものが多い。

1950年代ともなると、世間はバップが全盛だったとは思うが、キッド・オリーもルイ・アームストロングもニューオリンズにこだわって熟練のパフォーマンスを演じ続けた。もちろんどちらも好きだけど、流行やテクニックだけに走ることが決して良いとは言えないということを証明してくれているのだと思う。

 

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