King Oliver(キング・オリヴァー)

”ジャズ・ミュートの開拓者” キング・オリヴァー

Joe ”King” Oliverは、ニューオリンズから少し離れたルイジアナ州のアベンという街に生まれた。バディ・ボールデンの影響もあり10代からコルネットを吹き始め、ディキシーランド・ジャズを得意とするキッド・オリーと共に活動を始めるようになった。

その後ニューオリンズではとても有名になり、ストーリービルでも演奏するようになる。そしてこの頃にはコルネットでは敵なしの”キング”と呼ばれるようになった。

1919年にはシカゴに拠点を移したが、その途中カリフォルニアなどへも遠征して顔を売るようにもなった。
しばらくしてオリヴァーはニューオリンズ出身の一流のミュージシャンを集めてKing Oliver’s Creole Jazz Bandというバンドを結成する。このバンドで一気に人気に火が付き、オリヴァーはまさに文字通りシカゴで”ジャズの王様”となったのである。

さらに、もっとバンドを良くするために、かつてニューオリンズ時代に弟子としていたルイ・アームストロング(=サッチモ)を誘った。サッチモはオリヴァーを崇拝しており、”パパ・ジョー”と呼んでいるくらいだったので、もちろんKing Oliver’s Creole Jazz Bandに加入することになる。

サッチモはどんどん実力を高め、いつしかシカゴではサッチモを見るためにたくさんの人が集まるようになっていた。
しかし1923年にサッチモがニューヨークのフレッチャー・ヘンダーソンから引き抜きの誘いを受け、King Oliver’s Creole Jazz Bandを抜けるようになった。そしてバンドも解散したのである。

その後オリヴァーはKing Oliver’s Dixie Syncopatorsというバンドをシカゴで結成してうまくいっていたので、ニューヨークにも進出するが、ビジネスやギャラ面での折衝がうまくいかず、ホールとの契約も取れず結果的に解散してしまう。しかしクラレンス・ウィリアムスという実業家の支援を受けてレコーディングすることもできたので、好転するように思われた。が・・・

時は1929年、世界恐慌がやってきたのである。さらにオリヴァーは歯周病で歯を痛めており、徐々にコルネットを吹けなくなっていった。

それからしばらく歯を痛めながらもなんとか南部を回ったりして音楽を続けていたが、世界恐慌の煽りも受け、とうとう資金が底をついてしまう。お金がなくなったオリヴァーはジョージア州のサバンナという所で果物屋や施設の管理人などをやっていたが、ついに貧乏なまま下宿先で息を引き取ったのである。

世界的なヒーローとなった愛弟子のサッチモとは対象的な最期を遂げたキング・オリヴァー。なんとも悲しく切なくなる話である。

とはいえ、オリヴァーの墓はニューヨークにあるウッドローン墓地というところで、たくさんの著名人や大物ジャズマンが埋葬されているところだ。それはやっぱり、それだけの実績と世の中への貢献があった証なのであろう。

(出典:フォートラベル

 

 

ミュートの開拓者

キング・オリヴァーを語る上で、ジャズ管楽器におけるミュート開拓者という側面は無視できない。

今日では当たり前となっている、トランペットやトロンボーンでよく使われるミュート効果であるが、元々はオリヴァーが非常に音色に対して研究熱心だったところから開拓されていった。個人的には昔マイルスのミュート・ペットを初めて聴いた時に感動した記憶がある。そのルーツがキング・オリヴァーだとわかり、なおさら尊敬の念が出てきた。

さらにエレキギターのエフェクト効果に「ワウワウ」というものがあるのだが、それも元をたどるとこのオリヴァーのミュートにつながると聞いたことがあり、ダブルでビックリである。

音楽上のどんなテクニックや効果音などにも、最初に始めた先駆者や開拓者というものが存在するものだが、改めて知るとその歴史の深さやつながりになんとも感慨深くなる。

 

 

主な代表曲

キング・オリヴァーはまた、作曲家としても比類のない才能を持っていた。いくつかの代表的な曲と合わせて紹介していきたい。

「Dipper Mouth Blues(1923年)」

まずはKing Oliver’s Creole Jazz Band(以下クレオール・ジャズバンド)から。Dipper Mouthとはサッチモの口が凄かったところから付いていたニックネームから来ているという話である。

で、この曲だが、オリヴァーとサッチモの共作とも言われている。ニューオリンズのホット・ジャズではあるが、、12小節で展開されていてブルースの影響を受けているのがわかる。初期のジャズはやっぱりいろんな音が混ざっているような感じがして面白い。

重要度 3.5
知名度 3.5
ルーツ度 4.0
好み 3.0
総合 3.5

 

 

 

「Canal Street Blues(1923年)」

これも結構有名で、まさにニューオリンズのジャズである。とてもテンポがよくてカッコいい。まさに大衆受けしそうという意味では非常に優れている。自然と体がそのリズムに動き出してしまうような曲だ。

よく聴くと、途中で少しカントリーっぽいニュアンスも入っていて面白い。バンジョーという楽器がディキシーランド・ジャズとカントリー系の音楽に使われていることからも、両ジャンルのつながりを感じ取ることができる。

重要度 3.5
知名度 4.0
ルーツ度 4.0
好み 4.0
総合 4.0

 

 

 

「Weather Bird Rag(1923年)」

一般的にこの曲はサッチモの作曲だと思われているようだが、実はキング・オリヴァーの曲である。著作権の絡みで1928年にリリースしたサッチモとアール・ハインズのバージョンが有名だが、この動画のように1923年にはすでにオリヴァーがクレオール・ジャズバンドでやっているのである。

重要度 3.5
知名度 3.0
ルーツ度 3.0
好み 3.0
総合 3.0

 

 

 

「Doctor Jazz(1926年)」

1926年にキング・オリヴァーが書いた人気の高い曲。この曲もジェリー・ロール・モートンを筆頭に多くのミュージシャンにカバーされている。このバージョンはDixie Syncopatorsバンドでの音である。

重要度 3.0
知名度 3.5
ルーツ度 3.5
好み 2.5
総合 3.0

 

 

 

「West End Blues(1929年)」

これもカバーが多い曲だが、音源はキングオリヴァー・オーケストラというバンドで、編成メンバー数も多くて結構音がゴチャゴチャしている。初期のシティブルースのような曲で、サックスも入っていて少し珍しい音源だ。

動画の方は簡単なドキュメント仕立てでまとめてあって、とても素晴らしく出来上がっている。

重要度 3.5
知名度 3.5
ルーツ度 3.5
好み 2.5
総合 3.0

 

 

 

「Sweet Like This(1929年)」

作曲された年代はDipper Mouth Bluesと同じくらいだろうか。残念ながらよくわからなかったので、ここではKing Oliver & His Orchestraの1929年のバージョンでいこう。
この曲もかなりブルースの影響を受けている。マ・レイニーやメイミー・スミスが歌い出しそうだ。

重要度 2.5
知名度 3.0
ルーツ度 3.5
好み 3.0
総合 3.0

 

 

 

 

 

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