Jelly Roll Morton(ジェリー・ロール・モートン)

”ジャズ草創期の偉大なる作曲家” ジェリー・ロール・モートン

ジェリー・ロール・モートン。間違いなくジャズ界において最高の作曲家の一人である。

しかし、彼が自称していた、”ジャズとスウィングの創始者は自分である”という名言に引きずられて、どうしても少し大げさにホラを吹くような人間に見えてしまう。事実、その自己顕示欲の強い性格が災いして、晩年はとても孤独であったらしい。

まあそうは言っても偉人であることには変わりはないし、モートンがいなければその後のジャズの世界も違っていただろう。さらに言うと、シート・ミュージックいわゆる”譜面”ということに関してはジャズではモートンが最も早かったらしいし、”コードネーム”つまり楽譜で使うコード(和音)進行を発案した一人として伝えられている。その功績は非常に大きい。

 

バレルハウスピアノ

ニューオリンズのダウンタウンでクレオールとして生まれたモートンは比較的裕福な家に育った。土地柄もあって、早くから音楽に囲まれた生活を送っていた。14歳の時にはストーリ・ヴィルの安酒場や売春街でピアノを弾いていたらしい。

当時はまだラグタイムが流行っている頃だったが、モートンは規則的なラグタイムの奏法を変えて、変則的な音を入れ、激しめなリズムで演奏していたが、それを「バレルハウスピアノ」と呼んで、ジャズの原型を創ったと豪語していたようである。そのバレルハウスがラグタイムとは違うため、ジャズとして打ち出そうとしていたワケだ。

 

レッド・ホット・ペッパーズ

もちろんあのミクスチャーロックバンド《レッチリ(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)》ではない。

1923年にシカゴへ移ったジェリー・ロール・モートンは最初の録音をした。その後1926年にはニューオリンズからトロンボーンのキッドオリーを筆頭に精鋭のジャズマンを集めて「レッド・ホット・ペッパーズ」というバンドを組む。このバンドはビクターと契約をした。

この時のレッド・ホット・ペッパーズというバンドがアンサンブルとソロ演奏というジャズの小編成の基本を作ったと言われている。

出典:Discogsより

その後、レッド・ホット・ペッパーズはニューヨークに活動の拠点を移し、世界恐慌後の1930年くらいまで活動した。

 

しかし、世界大恐慌による経済的な打撃とモートンのその誇張する性格も災いして、段々と仕事も減っていった。1935年頃にはワシントンD.Cに移り、自らマネージャーをする酒場で演奏したりしながら細々と働いた。

ちょうどそんな折、バーで演奏するモートンのことが民俗学者のアラン・ローマックスの目に止まり、米国議会図書館用に長時間のモートンへのインタビューと演奏を録音することになった。そして後にこの記録はジャズ界において、とても貴重なものとして語り継がれるようになり、グラミー賞を獲得した。

店を切り盛りしていたある日の晩のこと、オーナーの友人と喧嘩になり、頭と胸に致命傷となるような傷を負ってしまう。

そして店を辞め、新たに音楽をやり直すためにL.A.に引っ越したが、その致命傷が原因で病気にかかり息を引き取ってしまうのであった。

 

映画:「海の上のピアニスト」

1997年に公開された「海の上のピアニスト」というイタリア映画の中で、ジェリー・ロール・モートンという名の人物が出てくるが、まさにそのままモートンのことである。”ジャズを生んだ伝説的なピアニスト”の役で登場し、主人公のピアニストと対決する。

映画なので当然主人公が勝つのだが、クラレンス・ウィリアムズ3世が演ずるモートンの映像があったので紹介しておきたい。

 

 

代表曲

主な代表曲

New Orleans Joys(1923年)

1917年から1923年くらいまでカリフォルニアにいたジェリー・ロール・モートンはシカゴへ引っ越した。そして最初にレコーディングしたのがその1923年。これはインディアナ州リッチモンドにて録音。

この曲はモートンの最初期のソロ・レコーディングで、ピアノの独奏である。曲調はラグタイムっぽいが、特筆すべきは途中からほとんどリズムを無視したアドリブが入るところである。これこそがジャズの原点である即興プレイと言えるのではないだろうか。

重要度 3.5
知名度 3.0
ルーツ度 4.0
好み 2.5
総合 3.0

 

 

Shreveport Stomp(1924年)

こちらもピアノ・ソロで、1924年録音。この時は他に8曲ソロで録っている。〜Stompという曲名がモートンの曲には多いが、これは足を踏み鳴らすようにダンサブルなリズムを「Stomp」と呼んでいたことから、このようなテンポが速めで跳ねた曲にはよく使っていたようだ。聴くと終盤はかなりアップテンポで弾きまくっているのがわかるが、モートンはピアノテクニックも相当あったとのことである。

重要度 3.0
知名度 3.0
ルーツ度 3.5
好み 2.5
総合 3.0

 

 

Jelly Roll Blues(1926年)

ここからは「レッド・ホット・ペッパーズ」。いきなりバンド演奏になって音に厚みが出だしている。1924年にピアノ・ソロでも録っているが、ここではバンドバージョンを上げたい。これぞニューオリンズジャズと言える。ディキシーランド・ジャズに近い楽器構成で、対位法というスタイルで演奏されているが、少しクラシックっぽく聞こえる部分もあり、とにかく賑やかな曲ではある。

重要度 3.5
知名度 3.5
ルーツ度 3.5
好み 3.0
総合 3.5

 

 

Dr. Jazz(1926年)

こちらはキング・オリヴァー作曲で、モートンとレッド・ホット・ペッパーズにとっても代表的な曲。ニューオリンズジャズの特徴である集団即興と対位法が体現されている重要な曲でもある。まさにブルースとジャズの神がかり的な融合を果たしていて、途中から入るモートンのヴォーカルがこれまたカッコいい。

ジャズの歴史において、この頃のレッド・ホット・ペッパーズの影響は相当なものである。

重要度 4.5
知名度 4.0
ルーツ度 4.0
好み 3.5
総合 4.0

 

 

Someday Sweetheart(1926年)

邦題は「いつか恋人」というジャズのスタンダードでたくさんのミュージシャンがやっている。モートンは1923年と1926年に録音。これはレッド・ホット・ペッパーズのバージョン。

スローなナンバーでフィドルが入っており、全体に音の厚みが増している。また、この曲ではオマー・シメオンの吹くバスクラリネットの重めのソロがベース音と曲全体に渡る甘い雰囲気を際立てている。

重要度 3.5
知名度 3.5
ルーツ度 3.5
好み 3.0
総合 3.5

 

 

Black Bottom Stomp(1926年)

ジェリー・ロール・モートンの曲の中で最も重要な一つ。冒頭からアップテンポで軽快なノリで進んでいく。

作曲はモートンで演奏はレッド・ホット・ペッパーズ。全体と個々の楽器のプレイに非常に評価が高く、ニューオリンズジャズ史上においても重要な曲である。

それぞれの即興演奏はレベルが高い。イントロから構成がきちんと取られていて、その中で各自絶妙なソロと掛け合いをしている。ジョージ・ミッチェルのコルネットの評判が高いし、キッド・オリーのグリッサンドが光るトロンボーン。またこの曲ではジョニー・センシアのバンジョーも途中にリズム・セクションに乗っかるようなソロ伴奏があって目立っている。ブレイクの入れ所なども素晴らしく、初期ジャズにおいて価値の高い一曲だ。

重要度 4.0
知名度 4.0
ルーツ度 4.0
好み 3.5
総合 4.0

 

 

Kansas City Stomps(1928年)

こちらもモートン作曲のジャズ・スタンダード。曲名は”カンザスシティ”とは直接関係なく、カリフォルニアのティファナに行った時にあった酒場の名前からひらめいたそうである。おそらくモートンはティファナのウェイトレスに恋をしたのだろう。1923年にもピアノ・ソロで録っているが、ここでもレッド・ホット・ペッパーズのバージョンを選んだ。

曲の方はイントロからリズムが一定で心地よいドラムがビートを刻んでいて、その上にホーンセクションが絡み合う感じ。途中にバンジョー・ソロがあるが、シャカシャカ音のトレモロ奏法が入っていて少し三味線ぽいのが面白い。

重要度 3.0
知名度 3.0
ルーツ度 3.0
好み 3.0
総合 3.0

 

 

King Porter Stomp(1938年)

モートンの曲の中でも最重要だと言われている一曲。友人のピアニストであるポーターキングのために書かれたようである。モートン自身も最も録音した曲らしい。というのもこのバージョンはおそらく1938年の録音で米国議会図書館用であるが、初期は1924年からやっており、それから何度も録っているからだ。

この曲はラグタイムで定番の”ストライドピアノ奏法が入っており、左手が動きまくっている。ピアノの独奏だが、シャッフルのリズムやブルーノートの多用など、ジャズ的な要素がかなり入っていて、後の音楽への影響力が大きい。

重要度 4.5
知名度 4.0
ルーツ度 4.0
好み 3.0
総合 4.0

 

 

Tiger Rag(1938年)

前の「King Porter Stomp」以降は1938年からの録音になっており、これらはアラン・ローマックスにニューヨークで再発見された後のものである。だからモートンのピアノ独奏になっている。

この「Tiger Rag」は本当の作者は誰か?というので物議を醸し出したジャズのスタンダード・ナンバー。
最初の録音は1917年にオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドということになっているが、ニューオリンズ・ジャズメンの間では、もっと以前から演奏してるという話があり、モートンに至っては自分が作者だと言い張っていることなどもあって随分揉めたようである。

結局のところ真実は不明のようだが、著作権自体はオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドのものらしい。

まあ何にしても、その後はメチャクチャたくさんのジャズ・ミュージシャンがカバーしまくっているので、もはや普通のスタンダード曲と言えるであろう。

重要度 4.0
知名度 4.0
ルーツ度 3.5
好み 3.0
総合 3.5

 

 

Finger Breaker(1938年)

元々は「Finger Buster」という名で作られている曲。なぜかモートンの死後に「Finger Breaker」と変えられたらしい。それぐらい凄まじい曲という意味なのだろうか?

ピアノの独奏だが、とても速くてモートンはピアノテクニックが凄かったことがわかる。幼い頃から器用で他の楽器も演奏出来たらしく、本人は自慢げに威張っていたのかもしれないが、確かに音楽に対しての実力は眼を見張るものがあったのだと思う。

少し特殊な曲ではあるが、ピアノバトルなどにはもってこいの曲なのだろう。個人的にはそれほど好きではない。

重要度 3.5
知名度 3.0
ルーツ度 3.5
好み 2.5
総合 3.0

 

 

Buddy Bolden Blues(1938年)

こちらは貴重な音源。アラン・ローマックスがモートンにインタビューをした時の音だが、モートンは「Buddy Bolden Blues」をずっとピアノで弾きながら歌ったり、喋ったりしている。モートンの歌ってあまり多くはないが、実はメチャクチャいい声だし上手い。曲に関しては言うまでもなくスタンダードでバディ・ボールデンの代表曲だ。ブルージーで好きな曲。

ジャズを作ったのは自分だみたいなことを言ってたモートンだが、ちゃんと先人のバディ・ボールデンをリスペクトしているあたりは憎めないところである。

重要度 3.0
知名度 3.5
ルーツ度 3.5
好み 4.0
総合 3.5

 

 

The Crave(1939年)

映画「海の上のピアニスト」で使われた曲。この映画で一気に有名になった。曲はクラシカルな部分とジャジーな部分が見事に融合されていて、モートンの音楽に対しての造詣の深さがわかる。ピアノとしては面白いらしく、この映画の後に結構弾く人が増えたとのこと。

重要度 3.0
知名度 3.5
ルーツ度 3.0
好み 2.0
総合 3.0

 

 

 

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