Charley Patton(チャーリー・パットン)

”デルタブルースの父”と呼ばれるチャーリー・パットン(Charley Patton)

カントリー・ブルース全体を含めても大御所と言えるチャーリー・パットン。彼がいなければカントリー・ブルースだけではなく、ブルース自体が世に出ていたかどうかもわからないくらいの超重要人物である。

現代のロックやR&R、ポップスなどの大衆音楽のルーツを遡っていくと、必ずどこかでこのチャーリー・パットンにぶち当たる。それくらいのミュージシャンである。

チャーリー・パットンはミシシッピで生まれて、子供の頃、ミシシッピ・デルタにある「アメリカ最古の綿花農場」と言われているドッケリー・ファームに家族と共に移住した。ドッケリー・ファームは2,000人くらいが働く一つの町くらいの規模があった。

 

ドッケリー・ファーム

(出典:Tripadviser

 

ここでギターを覚えたパットンは、後にデルタ近辺で名を上げ、スカウトされるようになるのである。

ドッケリー・ファームとチャーリー・パットンについての素晴らしいドキュメント動画があるので紹介しておきたい。ナレーターはあのモーガン・フリーマンである。

 

その後1929年にはパラマウント・レーベルで初レコーディングを行い、活動の場を広げ、この時期に60曲以上録音を残したが、1934年に若くしてこの世を去ってしまう。

ミシシッピデルタ・ブルースの初期から活動している彼は、サン・ハウスやウィリー・ブラウン、ロバート・ジョンソン、ハウリン・ウルフなどの有名なブルースマンたちとも一緒に演奏をして影響を与えている。

曲調に関しては、ギター伴奏がメインだが、まだデルタ・ブルースが形にはなっておらず、ラグタイムからゴスペルのようなものもあるし、パーティーやショーなどで歌うソングスターの要素がたくさん入っている。

しかし声はダミ声っぽく、太く渋めで通る非常にカッコいい声だ。また、そのギターのボディを叩きながらスライドさせるギタースタイルのカッコ良さを十分に堪能したい。

 

曲紹介

代表曲ランキング

チャーリー・パットンが音源として残している曲数はそこそこ多いのだが、その存在自体がブルース界において重要であるため、なかなか代表的な曲を絞り込むのも大変だ。

ということで全13曲、有名どころがランキング上位に入ってしまうけれども、13位〜1位まで曲紹介をしたいと思う。

 

13位:「Spoonful Blues(1929年)」

この曲はチャーリー・パットンの代表曲の1つであるが、後にアレンジを変えながら他のブルースミュージシャンたちにもカヴァーされている。コード進行が変わっていて、歌とギターが同じようなメロディを掛け合っているような、なんとも不思議な曲である。途中でテンポが早くなっていく(走っている)のも一人演奏ならでは。

曲名の「スプーンフル」にはいろんな解釈があって、コカインなどの薬物だとか、男性の性的なものだとかいろいろあるようだ。

重要度 3.0
知名度 3.0
ルーツ度 2.5
好み 2.5
総合 2.5

 

 

12位:「Mississippi Boweavil Blues(1929年) 」

パラマウント・レーベルから出されたこの曲は、当初チャーリー・パットンではなく、「The Masked Marvel」なる覆面ミュージシャンとして発売された。正体が誰だか当てるとレコードがもう1枚もらえるというマーケティング戦略として出されたらしい。

まあ、そういったマーケティング手法はどうであれ、曲自体は綿花の害虫であるゾウムシについての詩である。マ・レイニーとも一緒にやっており、当時のデルタ・ブルースにおいては結構歌われていたようだ。

重要度 3.0
知名度 3.0
ルーツ度 3.0
好み 3.0
総合 3.0

 

 

11位:「34 Blues(1934年)」

最期のレコーディングと言われている1934年にニューヨークで録音された曲。相変わらずの力強いダミ声は健在で、演奏もかなり安定さを増していて素晴らしい。この時の録音はVOCALIONレーベルに変わっている。

重要度 3.0
知名度 3.5
ルーツ度 3.0
好み 3.0
総合 3.0

 

 

10位:「Runninng Wild Blues(1929年)」

こちらはブルースというよりはカントリーっぽい曲で、この頃のチャーリー・パットンはいろんなものを吸収して、彼らしくアウトプットしていたのだろう。少し白人やネイティブ・インディアンの血をひくチャーリーだからだろうか、違和感なく聴こえる。

しかし、すでに彼の中では自然とブルースとカントリーの融合がなされていたのかもしれない。

重要度 3.5
知名度 2.0
ルーツ度 3.5
好み 3.0
総合 3.0

 

 

9位:「Some Happy Day(1929年)」

どこかもの悲しげな感じがするが、贖罪についての歌であるのか希望を持っていこうという前向きな曲。ゴスペル調のメロディで、個人的にはなんか心に染み入ってくる、大好きな曲である。

重要度 2.5
知名度 2.0
ルーツ度 3.5
好み 4.0
総合 3.0

 

 

8位:「Screamin’ And Hollerin’ The Blues(1929年)」

この曲は12位で紹介した「Mississippi Boweavil Blues」のカップリングでリリースされたThe Masked Marvelなる覆面ミュージシャンとして発売されている。曲の出だしはスローな感じだが、後半になるにつれて段々と高ぶってきて?少し走っているように聞こえる。ギターをスラップする音もデカくなってるような・・・でも聴き出すとつい引き込まれてしまう。チャーリー・パットンのベスト集には必ず入る代表曲でもある。

重要度 2.5
知名度 3.0
ルーツ度 3.0
好み 3.0
総合 3.0

 

 

7位:「I’m Goin’ Home(1929年)」

このモノクロの写真(サムネイル)を見てもなんか雰囲気が伝わってくるが、この曲も教会音楽というか、ゴスペルっぽい曲である。
チャーリーはギターでスライドプレイをしていて、終始カッコよく仕上がっている。しかしこのリズム感、日本人の僕では弾き語りをするのに到底想像できない。

重要度 2.5
知名度 2.0
ルーツ度 3.5
好み 4.0
総合 3.0

 

 

6位:「High Sheriff Blues(1934年)」

なんとも切ない歌メロとそれに合わせて弾くスライドギター。特にHum〜Humーと鼻歌で歌うところ、物悲しくなってくる。

カントリー・ブルースにはよくあることだが、歌詞が違うだけで曲調とかがほとんど同じような他の曲が多いが、この曲も「Tom Rushen Blues」という曲とソックリである。

重要度 2.5
知名度 3.0
ルーツ度 3.0
好み 3.5
総合 3.0

 

 

5位:「Oh Death(1934年)」

「34 Blues」と同じ時のレコーディング曲。この曲では当時内縁の妻であったバーサ・リーとデュエットしていて、二人の息がピッタリでとてもカッコよく仕上がっている。

また、歌詞についてはこのレコーディングの後にパットンは死んでしまうのだが、それを示唆したようなとても不気味な伝説として未だに語り継がれている。

重要度 3.0
知名度 3.5
ルーツ度 3.0
好み 3.5
総合 3.0

 

 

4位:「Moon Going Down(1929年)」

この曲はドッケリー・ファーム時代にギターを習い合ったウィリー・ブラウンが参加しており、冒頭のイントロから聞こえるギターの低音源をリズムよく叩いているような音は、ブラウンが弾いていたようである。後にサン・ハウスらとセッションしたバージョンが世に出て名作と呼ばれるようになる。

重要度 3.5
知名度 4.0
ルーツ度 3.5
好み 3.5
総合 3.5

 

 

3位:「Shake it and Break it(1929年)」

イントロのギターから聴いていくと、ブルースというよりラグタイムのような曲だとわかる。でも、そこへ途中からいきなり早口のヴォーカルが入ってくる。初めて聞いたときに「お!?」となった。なんかよく聴くと、R&Rやロックのルーツの臭いがしたのである。なんとも不思議な感覚になったが、後のブルースマンやミュージシャンがR&Rやロックを創っていくのが想像できる稀な瞬間だ。

重要度 4.0
知名度 2.5
ルーツ度 3.5
好み 3.5
総合 3.5

 

 

2位:「Pony Blues(1929年)」

これは最も売れた曲だと言われているチャーリー・パットンの代表作。1929年に録音した最初期のもので、パラマウントから出た最初のリリース作品である。12小節の典型的なブルース進行で、ここからその後のあらゆるカントリー・ブルースマンたちへ影響を与えたことを考えると、絶対に押さえておかなくてはならない重要な曲である。

重要度 4.5
知名度 4.0
ルーツ度 3.5
好み 3.0
総合 3.5

 

 

1位:「High Water Everywhere(1930年)」

最も代表的な1曲といっていいだろう。チャーリー・パットンと言えばこの曲である。

1927年のミシシッピ大洪水はアメリカの歴史上においても大惨事であった。この洪水によって、ミシシッピデルタ付近に住んでいた多くのアフリカ系アメリカ人が家を失い、家畜や作物も壊滅状態となった。

さらにこの洪水によって、行き場を失ったアフリカ系アメリカ人たちは白人からも迫害を受け、なくなく逃げきれた者は北部の工業都市へと逃げた。そしてこの時に黒人の大移動が発生している。

やり場のない怒りや感情がこの曲には表れていて、ギターに叩きつけるような音や、なんといってもパットンの歌声を聴いて欲しい。その後のロックやフォーク、パンクロックなどにつながるような強い怒りをぶつけているような歌い方だ。

まさにやりきれない気持ちを前に出すブルースの原点を感じることができる超重要な曲である。

重要度 4.5
知名度 4.0
ルーツ度 3.5
好み 4.0
総合 4.0

 

 


冒頭にも書いたが、チャーリー・パットンは”デルタ・ブルースの父”と呼ばれているくらいなので、その存在は圧倒的で、彼がいなかったらブルース界、ひいてはロック界も違ったものになっていたかもしれない。

しかしこれはハッキリとはしていないが、チャーリー・パットンは純血なアフリカ系アメリカ人ではなくインディアンかメキシコ系の血も入っていて、独特の音楽的センスや声はそういった境遇の賜物であるという説もある。

どちらにしても、ミシシッピで生まれ、デルタのドッケリー・ファームで育った中で生み出されたデルタ・ブルースの中心にいた男である。ミシシッピの大洪水には本当につらい思いをしただろうし、そんな大変な中からたくさんの名演を遺した重要なブルースマンである。

いつの日かドッケリー・ファームを訪れて、その敬意を表したいと思う今日この頃だ。

 

その他の曲

「Down The Dirt Road Blues(1929年)」

「Prayer Of Death(1929年)」

「Banty Rooster Blues(1929年) 」

「Green River Blues(1929年)」

「It Won’t Be Long(1929年)」

「Some These Days I’ll Be Gone(1929年)」

「Going To Move To Alabama(1929年)」

「Hammer Blues(1929年)」

「Bird Nest Bound(1929年)」

「Elder Greene Blues(1930年)」

「Rattlesnake Blues(1930年)」

「Hang It On The Wall(1934年)」

 

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