Darby & Tarlton(ダービー&タールトン)

(出典:Rocky-52

初期カントリーで最大のヒットメーカーだったデュオ

◯トム・ダービー(Tom Darby ):Vo,Gとジミー・タールトン(Jimmie Tarlton):Cho,Gのユニット
◯ブルースとハワイアンのスライドギターを絶妙に融合した先駆者
◯活動停止後もフォーク・リヴァイヴァルで再発見

 

Down In Florida On a Hog(1927年)」記念すべき一発目の録音曲。スライド・ギターを使ったカントリーの原型のような感じで音にも厚みがあってgood。ただしタイトルと歌の内容が理解できない。「豚に乗ってフロリダへ?」調べてみたがよくわからなかった。

Birmingham Jail(1927年)」大ヒット曲の一つ。ワルツのような三拍子でどちらかというとフォーク・ソングっぽいが、当時はカントリーのパイオニアとして名を馳せたらしい。内容はジミー・タールトンが服役していたバーミンガム刑務所のこと。後に多くのミュージシャンにカヴァーされた。

Columbus Stockade Blues(1927年)」Birmingham Jailとのカップリング曲でこちらも20万枚以上売れるほど大ヒットした。この曲でもスライド・ギターを弾いているが、ハワイアンっぽいスチールギターのような音が出始めていて、それはジミー・タールトンが西海岸で出会ったフランク・フェレアというハワイアンを得意としたギタリストの影響を受けたからである。

Heavy Hearted Blues(1928年)」オープンチューニングのギター・バッキングとスライドがいい感じのまさにカントリー・ブルースといった感じの曲。ヴォーカルが白人だしファルセットが入っていたりで独特な雰囲気が出ていて面白い。

Slow Wicked Blues(1929年)」最も代表的な曲の一つ。スライド・ギターはアフリカ系アメリカ人のブルースから影響を受けていて、エンディングのヴォーカルではヨーデルを取り入れている。

Little Bessie(1929年)」かなりハワイアンぽさが強くのんびりした感じの曲。同じスライド・ギターでもこのようにスチール・ギターのように弾くと曲の雰囲気はハワイアンのようになるから不思議である。リズムが三拍子というのもポイントであろう。

Captain Won’t You Let Me Go Home(1929年)」個人的に好きな曲。アップテンポなカントリーだが、後のロックンロールに繋がるようなリズム感がカッコいい。アタマから最後まで続く二人のコーラスも良し。

Frankie Dean(1930年)」別名「フランキーとジョニー」という曲だが、内容はフランキーという女性についての歌。この曲は後の有名なミュージシャンたちにも影響を与えた。

 

ハワイアンについては、またどこかで取り上げようとは考えているが、なかなかルーツミュージックという中で見るとその影響であったり、歴史的な部分においてもあまり表立っては出てこない。まあ、音楽界全体で考えてもワールド・ミュージックに入れられるだろうし、どちらかというとマイノリティなのは確かだと思う。

とはいえ、アメリカ本土ではブルースやジャズ、カントリーなどが出始める20世紀前半より前にポリネシア圏のハワイにメキシコ系やポルトガル系のギターが融合されてウクレレやスチール・ギターが出来たようだ。


(出典:allhawaii

そんなハワイアンもアメリカ西海岸に渡り、本土の音楽とクロスオーヴァーするのは時間の問題であった。

そして、そんなハワイアンギタリストの1人であるフランク・フェレアの影響を受けて、自ら得意としていたブルースとハワイアンのスライドギターを融合させたスタイルがこのジミー・タールトンであった。

 

1927年に「Birmingham Jail」と「Columbus Stockade Blues」とのカップリングで20万枚の大ヒットを飛ばしたダービー&タールトン。20年代のデュオでは最大のヒットとなり一躍トップスターの仲間入りをした。

”カントリーのパイオニア”とも呼ばれた二人はその後63曲ものレコーディングを果たすが、1930年に入って間もなく金銭的な問題で解散してしまう。といっても、元々二人はあまり仲は良くなかったようである。トム・ダービーは他に『ジョージア・ワイルドキャッツ』なるバンドを作ったりしたが結果も出ず、1935年にはともに音楽業界から引退せざるを得なくなった。

先程から書いているハワイアンを取り入れたスライドギターに絶妙なコーラスワーク、ジミー・ロジャーズのお株を奪うようなヨーデルなど、まだ他に追随を許さないほどの音楽センスを持ち合わせていたのにもかかわらず、その活動期間は短かった。

しかしその後、1963年に二人はジョージア州コロンバスのポップコンサートで再会する。再結成をして音楽を再びやろうとしたが、トム・ダービーが歳を取りすぎててまともに出来なかったようである。残念な話だ。

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