Mississippi John Hurt(ミシシッピ・ジョン・ハート)

”再発見された伝説のブルースマン” ミシシッピ・ジョン・ハート

ブルースマンであり、さらにもっと広いジャンルを取り込み総合的にフォーク・ミュージシャンの祖として崇められたレッド・ベリーと同じような地位を築いたミシシッピ・ジョン・ハート。

彼もまた、アフリカ系アメリカ人のブルースマンという括りでは到底語ることのできない音楽性とそのスタイルを持っていた。

後に紹介する曲を聴いていただくとわかると思うが、その柔らかくて暖かなヴォーカル、オールドタイムやフォークに近いスリー・フィンガーのギターの弾き方などあまりブルースっぽくないのに、そのカテゴリに入れるべきであるか?悩むことになった。

実際、世界だけではなく、この日本でもブルースマンよりはフォーク・ミュージシャンに多大な影響を与えていて、高田渡なんかは相当ハマったようだ。

僕自身もかなり好きでよく聴いているが、なんとも癒やされるような歌声と純粋さを感じさせるギターの音がたまらない。

しかし、出身地がミシシッピ・デルタであることと、彼の曲名を見ると末尾にBluesと付いたものが結構多くあり、またスライド・ギターの曲もあって一般的にはカントリー・ブルースというジャンルに入れられているので、ここでも倣ってそうすることにした。


(出典:World Reggae Newsより)

 

1963年の再発見〜1966年の逝去まで

1890年代生まれという、戦前のブルースマンの中においてもかなりの古株であるミシシッピ・ジョン・ハートではあるが、その名前が世界中に知れ渡るようになったのは、1963年以降のことなのである。

つまり70歳というかなりの遅咲きであった。

若い頃、1928年頃に一度オーケーレコードに13曲レコーディングをしているが、世界恐慌の煽りも受けてしまい、商業的に全く成功せずにその後は音楽の道を諦めてしまったのである。

それからは故郷のミシシッピ州アバロンで農民として働きながら、たまに地元のパーティーで演奏したりして、密かにのんびりと暮らしていたそうだ。

 

〜〜〜時は流れて1963年〜〜〜

映画製作者のハリー・スミスが編纂した「Anthology Of American Folk Music」という1920年〜1930年頃のルーツミュージックを集めたコンピレーション・アルバムがあり、その中にミシシッピ・ジョン・ハートが1928年に録音した音源が入っていた。

そのミシシッピ・ジョンの演奏に心を打たれたブルース研究家のトム・ホスキンズは、ミシシッピ・ジョンはまだどこかで生きているはずだと”伝説のブルースマン”探しを始めた。

1928年にレコーディングされた曲の中に「Avalon Blues」があり、その歌詞の中に「アヴァロンは私の故郷でいつも心の中にある」という部分に着目したトム・ホスキンズはミシシッピ・ジョンはきっとミシシッピ州のアヴァロンにいるに違いないと、すぐさま現地へ向かう。

そしてトムはアヴァロンを探しまくり、ついに予想が的中したのだ。時が止まったかのように農民をやりながら、ギターを弾いて歌を歌っているまさしくミシシッピ・ジョン・ハートを発見するのであった。

1928年の当時とギターも歌の腕前も衰えていなかったミシシッピ・ジョンを見てビックリしたトムはすぐさまレコーディングの話を持ちかけた。

そしてここからミシシッピ・ジョンの怒涛のような音楽漬けの日々が約3年ほど続くことになる。

 

ニューポート・フォーク・フェスティバル

トム・ホスキンズに再発見された後、いきなり2枚のレコードをリリースして、さらに1963年7月には大観衆が見守る中、『ニューポート・フォーク・フェスティバル』へ飛び入り出演することになった。
時はフォーク・リヴァイバル真っ只中ということもあって、喝采を浴びたミシシッピ・ジョンは一気に有名人となり、コンサートツアーを行うまでの運びとなる。そしてそんな短期間にもかかわらずスター・ミュージシャンとなっていった。

その後深夜テレビのトークショーにも出演し、ヴァンガードレコードからは3枚のアルバムをリリースすることになる。

そんな慌ただしい日々を送ったミシシッピ・ジョンであったが、1966年11月に心臓発作で亡くなってしまう。

何十年も素朴なミシシッピのアヴァロンでのんびり暮らしていたミシシッピ・ジョンには再発見後の生活が忙しすぎたのかもしれない。再発見後、たった3年という短い期間で生涯を終えてしまった。

 

レジェンド

その音楽はもちろん、人柄もとても良いことで有名だったミシシッピ・ジョン・ハート。最期は多くの人に惜しまれていたようだ。

現にトリビュートも多いし、何より音楽的に影響を受けたミュージシャンがかなりいて、演奏面でもそうだが、よく聞くのがリスニングにおいてもフェイヴァリットだというミュージシャンも多いことだ。中には人生が変わったというくらいの人もいる。

また、そのギターの演奏スタイルについてはリズムとメロディを同時進行で弾いているのだが、これは当時としては極めて特異で、クラシックとカリプソぐらいにしかなく、技術的にも難しいものだったと考えられておりリスペクトしている人は多い。

僕も聴いていて、確かに人間としての深みのようなものをミシシッピ・ジョン・ハートの音楽からは感じ取れるような気がする。

彼の故郷であるミシシッピ州アヴァロン。そこには『ミシシッピ・ジョン・ハート博物館』なるものがある。


(出典:ミシシッピ・ジョン・ハート財団より)

一生のうちに是非とも一度はここへ足を運びたいものだ。

 

 

代表曲

冒頭からも書いてきたが、ミシシッピ・ジョン・ハートの曲は良いものが多い。基本的なそのギターと歌い方が好きなこともあって、言ってしまうとほとんどの曲が気に入っている。

まあでも、それらを全部上げてしまうととんでもない量になってしまうので、ここでも他のミュージシャンと同様に、外せない重要な曲と自分の好みの曲を中心にご紹介していこうと思う。

主な代表曲

Frankie(1928年)

まずは1928年の初回録音の中でも最初に録った曲。当たり前ではあるが、再発見後の声と比べるとかなり若く聴こえる。

曲は古くからあるアメリカのもので、作者は不詳である。「フランキーとジョニー」や「フランキー&アルバート」というタイトルバージョンもある。フランキーという女性が恋人を処刑するという残忍な曲で有名。200以上のカヴァーがあり、アメリカではとても有名な曲らしい。

結構早いフィンガー・ピッキングだが比較的ブルース色の濃い曲。

重要度 3.5
知名度 3.5
ルーツ度 3.0
好み 2.5
総合 3.0

 

 

Louis Collins(1928年)

これぞミシシッピ・ジョン・ハート!と言わんばかりのスリーフィンガーによるオルタネイティングベース奏法。ヴォーカルラインも同じメロディの繰り返しだがフォークソングっぽい。所々に入る変拍子も特徴があって面白い曲だ。

しかし歌詞の内容はまたしても昔メンフィスで起きたらしい殺人事件の話。そのネタをミシシッピ・ジョンがストーリー仕立てにしたというのが有力。昔のブルースって男と女の話や酒の話と絡み合って、痴話喧嘩や殺人バラッドについての歌も多いのである。しかしいい曲。

重要度 3.5
知名度 3.5
ルーツ度 3.5
好み 4.0
総合 3.5

 

 

Stack O’ Lee(1928年)

100年以上前からその武勇伝を伝えている曲。「Stack O’Lee」とは、1800年代の後半に暗躍した悪人として知られているアフリカ系アメリカ人で、「Srack-A-Lee」や「Stagger Lee」や「Stagolee」などたくさんの呼び名があるリー・シェルトンという人物のことである。

彼は売春やドラッグの取引をする悪人で、1895年に同業者であるウィリアム・リオンズという白人を銃殺した、言わば黒人にとっては強さと悪さを兼ね備えた反逆のヒーローとして語り継がれている。

黒人の強さの象徴と化したStack O’Lee。その伝説はいろんな形で多くのミュージシャンが歌い続けており、その数は300曲以上あると言われているが、ミシシッピ・ジョン・ハートのこのバージョンは1928年のもので、たくさんのミュージシャンへかなりの影響を残しているようだ。

重要度 4.0
知名度 3.5
ルーツ度 4.0
好み 4.0
総合 4.0

 

 

Avalon Blues(1928年)

ミシシッピ・ジョン・ハートを語る上で絶対に外せない曲。ブルース研究家のトム・ホスキンズがミシシッピ州のアヴァロンでミシシッピ・ジョンを再発見するきっかけとなった歴史的な曲である。この曲がなければ、ミシシッピ・ジョンの1960年代の活躍もなかったはずである。

動画ではアヴァロンや博物館などが出てくるので、とてもリアルに感じられて素晴らしい。

重要度 4.5
知名度 4.0
ルーツ度 3.5
好み 3.5
総合 4.0

 

 

Coffee Blues(1963年〜1966年)

ここからは再発見後にリリースしたものをまとめて見ていきたい。再発見後にリリースしている曲数が多いのだが、3年間(1963年〜1966年)の間のどのタイミングでレコーディングしているのかわからないものが多いためである。

Coffee Bluesは、少し卑猥な内容が歌われているようであるが、歌詞に出てくる”ラヴィン・スプーンフル”は1960年代に中心メンバーであるジョン・セバスチャンがこの曲から命名したフォーク・ロックバンドの名前の由来である。昔のブルースに多いが、いろんな比喩やスラングを使うのでなかなか生粋の日本人である僕には理解が難しいし、残念ながらそんなセンスも無いのである。

重要度 3.5
知名度 3.5
ルーツ度 3.0
好み 2.5
総合 3.0

 

 

Make Me A Pallet On Your Floor(1963年〜1966年)

1800年代からあるスタンダード曲でブルースやジャズ、フォークなど幅広いミュージシャンにカヴァーされている。ミシシッピ・ジョン・ハートは元々1928年の最初のレコーディングの時に「Ai n’t No Tellin 」という曲名でリリースしている。好きな一曲だ。

この曲を普通に聴いていると、そんなにややこしいことはやっていないように思う。しかしギターを弾いている人ならわかると思うが、このプレイは決して簡単なものではない。ベース音を弾きながらメロディを弾いているのだが、なんと言っても”歌いながら”である。さらに変拍子も入っていて、これはやってみないとわからないだろうが、かなり難しい。

多くのミュージシャンが彼をリスペクトする理由の一つに、この凄くテクニシャン的な部分があるのも忘れてはいけない。

重要度 3.5
知名度 3.5
ルーツ度 3.5
好み 4.0
総合 3.5

 

 

Monday Morning Blues(1963年〜1966年)

この曲はミシシッピ・ジョン・ハートにしてはブルース色が濃くてデルタっぽい雰囲気が伝わってくる。スローなブルースでなんとも渋い曲だ。とは言ってももちろんブルースマンなので当たり前の話なのだが、こういうタイプの曲もあって少し安心してしまう。

月曜日の朝が憂鬱で金曜日の夜がグッドなのは万国共通なのだろうか?ミシシッピ・ジョンの曲調はフォークっぽくても、〜ブルースという曲名が多いので、本人としてはブルースの意識が強いのだと思う。

重要度 2.5
知名度 3.5
ルーツ度 3.0
好み 3.0
総合 3.0

 

 

Since I’ve Laid My Burden Down(1963年〜1966年)

大好きな曲である。有名な曲ではあるが、元曲の話をするととても壮大な話へとつながる。

出だしの”Glory Glory hallelujah”というフレーズはアメリカの「リパブリック讃歌」という国歌からきていて、南北戦争後にはそれは愛国歌となっていった。そこからアフリカ系アメリカ人のワークソングを経て黒人霊歌となったようだ。

さらにいろんな形で派生していき、ブルースやゴスペルだけでなくフォークやカントリーでも歌われるようになり、曲名もアレンジもたくさん存在するようになった。カーター・ファミリーで有名な「Can the Circle be Unbroken」も派生系でメロディは似ている。

このようにルーツミュージックってたくさんのミュージシャンがアレンジや歌詞を変えたりしてリメイクしたりしているので、この曲みたいに同じような曲がいろんなタイトルが付けられていたりして、本当にその奥深さがわかって面白い。

動画に出てくる映像も秀逸で、とても良く出来ていて素晴らしい。

重要度 4.0
知名度 4.0
ルーツ度 3.5
好み 4.5
総合 4.0

 

 

Hot Time In The Old Town Tonight(1963年〜1966年)

これもいい曲。カントリーっぽいギターだが、ミシシッピ・ジョンの染み入るような優しく、そして枯れた歌い方がなんとも言えないノスタルジー感を出している。ライブバージョンで一発録りだと思うが、やっぱりギターがかなり上手いこともわかる。個人的に好きな曲。

重要度 3.0
知名度 2.5
ルーツ度 3.0
好み 4.0
総合 3.0

 

 

Nearer My God To Thee(1963年〜1966年)

映画『タイタニック』でも出てきた賛美歌で、邦題は「主よ、御許に近づかん」。賛美歌のオーケストラバージョンを聴くとその荘厳さに圧倒されるが、ミシシッピ・ジョンが歌うとこんな素朴になるのかといった感じである。

19世紀〜20世紀のアメリカのポピュラー・ミュージックにはこのように賛美歌や宗教歌などもかなり入ってきており、いろんな意味でクロスオーヴァーしていることがわかる。神に対しての概念が僕のような無宗教の日本人にはなかなか理解出来ないのが本当に残念に思う。

重要度 3.0
知名度 3.0
ルーツ度 3.0
好み 3.5
総合 3.0

 

 

Richland Woman Blues(1963年〜1966年)

この曲もミシシッピ・ジョン・ハート節が出ている。ギターの低音のベースラインと高音のバッキングが絶妙に絡んでおり、安定した気持ちよさを味わえる。

この曲も4分半の長さがあって、トラディショナルなブルースやフォークの曲にしては長い方である。ミシシッピ・ジョンの曲をたくさん聴いていくと、意外にもこのように長い曲が多いことに気づく。

重要度 3.0
知名度 3.0
ルーツ度 3.0
好み 3.0
総合 3.0

 

 

Candyman Blues(1965年)

1965年のライブから1曲。この「Candy Man Blues」は1928年のOkehレーベルの初期録音時にもレコーディングしているが、今回は再発見後のバージョンをチョイスした。

歌詞の内容が結構卑猥なようだ。”キャンディ・マン”とは何のことだろう??カンのいい人はわかるだろうか?このバージョンはライブなので途中聞こえる観客の笑い声なんかは意味深で楽しそうだ。ギターのフレーズがラグタイムっぽく妙に明るい音を使っていて、そのアンバランスさがこの曲を独特の雰囲気にしていて好きだ。

重要度 3.0
知名度 3.0
ルーツ度 3.5
好み 4.0
総合 3.5

 

 

Talkin’ Casey(1963年〜1966年)

珍しくスライド・ギターである。ほとんどの曲ではアルペジオのような演奏が多いが、こんな(ど)ブルースもやるんだなといった感じでセレクト。

しかし何だろうか?このなんとも言えない深み・・・デルタの湿地帯に引き込まれていきそうな、誰もいないような南部の田舎で独りこの曲を聴けばどんな感じがするだろうか?なんて妄想をしてしまうくらいにディープな曲である。

重要度 3.5
知名度 3.0
ルーツ度 3.5
好み 4.0
総合 3.5

 

 

Let the Mermaids Flirt with me(1966年)

1966年の最後のアルバム『ラスト・セッション』から。元ネタの曲はジミー・ロジャーズの「Waiting For A Train」である。ミシシッピ・ジョンはオールドタイムのジミー・ロジャーズの影響を受けており、その演奏スタイルも確かに似ているのがわかる。相変わらずの温かいミシシッピ・ジョンの歌声だ。

重要度 3.0
知名度 2.5
ルーツ度 3.5
好み 3.5
総合 3.0

 

 

Hey Baby Right Away(1963年)

アメリカの議会図書館用に録られた曲。短い曲だが、メリハリが効いて気持ちのいいギターが聴ける。タイトルが「Hey Baby Right Away」と「Hey,Honey Right Away」と二通りあって、どちらでもいいのだろうか?調べたがよくわからなかった。

重要度 3.0
知名度 2.0
ルーツ度 3.0
好み 3.5
総合 3.0

 

 

Oh Mary Don’t You Weep(1963年)

原曲は黒人霊歌。新約聖書に登場する物語に”解放”というテーマについて言及されているものがあり、それが公民権運動の時に再燃したようである。現在もゴスペルソングとしてアメリカではとても重要な歌として認識されている。

数々のゴスペル・ミュージシャンを中心に歌われているが、ミシシッピ・ジョンのバージョンはやはりギターが変わっていて素晴らしい。やってみるとわかるが、このフレーズを弾きながら歌うのはかなり至難の技である。なんなくやっているこの爺ちゃんは本当に凄すぎる。

重要度 3.5
知名度 3.0
ルーツ度 3.0
好み 4.0
総合 3.5

 

 

Spike Driver Blues(1966年)

こんな映像が残っているとは・・・というか今見ることのできる有り難さ。まさにYou Tubeのおかげである。

これは1966年のピート・シーガーの『レインボークエスト』というTV番組の映像だ。ルーツミュージックのミュージシャンをゲストに迎えて、トークを交えながらいろんな演奏を披露するという、今あればダビングがマストな番組である。なんていい番組だろう。

この回はミシシッピ・ジョンがゲストで、翌年には亡くなってしまうことを考えるとリアルな映像が残っていてとても貴重だ。言うまでもなく本当に歌いながらこのフィンガースタイルのギターを弾いている。やはり凄い。

重要度 4.5
知名度 3.0
ルーツ度 3.5
好み 4.0
総合 4.0

 

Lonesome Valley(1966年)

先ほどの「Spike Driver Blues」と同じくピート・シーガーの『レインボークエスト』から。この動画は番組でのミシシッピ・ジョンの演奏映像といろんな写真を組み合わせたとても素晴らしいもの。モノクロ画像ということもあるが、凄くリアルに伝わってくる。

曲は霊歌のトラディショナルソングで、カヴァーも多い。人生とは様々な苦難や厳しさがあるけれども、それはイエス・キリストでさえも同じ道を歩んできたというような内容。特に黒人奴隷の間で歌い継がれてきた。動画の最初にミシシッピ・ジョンが少し曲について話しているが、人生を達観した人が諭すようにピート・シーガーたちに話しているのが心を打たれる。

重要度 4.0
知名度 3.5
ルーツ度 4.0
好み 4.0
総合 4.0

 

 

I Shall Not Be Moved (1963年〜1966年)

代表的な曲の最後はこれにしたい。なんて素晴らしい曲だろうか。「私は決して動じない」という強い信念を持った歌。元は霊歌で黒人奴隷が自らを勇気づけるための慰みの歌である。

昔からたくさんのミュージシャンが歌っていて、公民権運動だけでなく、様々な社会的な運動や境遇において今でも歌い続けられる重要な曲。

イントロの部分から心を持っていかれる感じのギターだが、歌が入るとなんか泣きそうになってくる。この素朴だけども奥深さを感じるミシシッピ・ジョンのパフォーマンスにはただただ脱帽である。

重要度 4.0
知名度 4.0
ルーツ度 4.0
好み 4.5
総合 4.0

 

 

 

その他の曲

さんざんたくさんの曲をご紹介してきたが、ミシシッピ・ジョン・ハートには本当に良い曲が多い。基本的にそのギターもヴォーカルも好きであれば、どの曲も気に入るのではないだろうか。そのスタイルそのものの好き嫌いということになるのかもしれない。

ここでは、上の代表的な曲からは外してしまったが、まだまだ素晴らしい曲があるので紹介しておきたい思う。

Nobody’s Dirty Business(1928年)

Ain’t No Tellin(1928年)

I’m Satisfied(1964年)

Poor Boy Long Ways From Home(1966年)

Boys, You’re Welcome(1966年)

Shortnin’ Bread(1966年)

Farther Along(1966年)

 

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